Shepherd Moons

◎よく聴く曲、または特に思い入れのある曲、四の3。


  Shepherd Moons

 「Shepherd Moons / Enya より」


数年前、クラスで私がお世話になった、ようこさん。彼女は先生ではなくて、私たちの話を聞いて相談に乗ってくれたり、時には授業で一緒にペアを組んだりする、私にとってはお姉さんのような女性でした。

彼女は Enya の音楽をよく部屋でかけていました。薔薇の花が好きだったようこさんの部屋は、玄関に薔薇が一輪生けてあったり、洗面所の壁紙がローズの模様だったり。とても居心地の良いお部屋だったな。
その日もリビングに Enya の「Shepherd Moons」が流れていて、彼女もいつも通り、にこにこと話をしていました。

「アロマテラピーって知ってる?」と言いながら彼女が出してきたのは、薔薇のエッセンシャルオイルでした。私はアロマテラピーという言葉を知らなくて「ううん、しらない。」というと「ちょっと寝てみて。マッサージなんだけどね、すごく気持ちいいのよ。」と言って自分の手にオイルをたらし、私をやわらかな絨毯の上に寝かせて、腕を香りのよいオイルで優しくマッサージしてくれました。

「私もやってあげるよ。」と言って、今度は私が見よう見まねで、彼女にそのローズのオイルでマッサージをしてあげました。彼女は寝そべって、うれしそうにしていました。優しい Enya の音楽とローズの香りでいっぱいになった部屋で、私はなんだか幸せな気分になりました。

しばらくそうしてマッサージしているうちに
彼女が泣き出してしまいました。
私はどうしたのかわからなくて、手を止めました。
「ごめんね、下手だった?」と私が言うと
ちがうの、と彼女は言いました。
そして顔を伏せたまま、「ごめんね」と呟きました。
言葉にならない固まりを
吐き出しているような、泣き方でした。
私は彼女が落ち着くまで、じっとそこにいました。


彼女が泣いたのを見たのは、それが最初で最後でした。
2年後に久しぶりに彼女を訪ねたら、他の先生が
彼女はアメリカに行って、もう帰らないと言いました。

いつも私達の相談に乗ってくれたお姉さんのような彼女。
でもどんな人にも辛いことや、苦しいことがあるよね。
そんな痛みを吐き出すきっかけはいろいろで
癒される音楽だったり、懐かしい香りだったり
誰かの手の温かさだったり。

そしてたぶん、癒されるだけで終わりじゃなくて
人は次にどこかへ向かわなければいけないんだと思う。
優しいだけでも、強いだけでもダメだと
私が学んだのはそういうことでした。


そんなことを Enya の音楽を聴いていると思い出します。
彼女が最後に貸してくれたのが、このCDでした。
 
 

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